善意の花

  2 花言葉  

 優しく沿い、手は乳房を包みこんでいた。みちるはその手に指を絡ませている。
 はるかの伸ばした手が優しく肩をなぞり、ウェストのラインを撫で、腰へ、身体の丸みに沿って太腿までなで下ろす。
 バスルームでもベッドの上でも、みちるは熱くとろける欲望にかられたはるかに思う存分したいようにさせた。
「……あの薔薇、そんなに気に入った?」
 はるかの囁きにみちるは薄く目蓋をあけた。
「今夜はなんだかとても情熱的だったからさ」
「バカね」
 腕の中でみちるは振り向いてはるかの鼻先を指でつまんだ。
「しばらくかまってあげなくて、淋しい思いをさせて悪かったかしら、って思ったのよ」
 はるかはあからさまに心外だ、という顔をした。
「別にかまってほしいとか、淋しいなんて言ってない」
「あら、そう?」
「花言葉だよ、花言葉。君に伝えようと思って」
 その明らかに苦し紛れの嘘の言い草にみちるは笑った。
 はるかは笑い声を漏らすみちるの唇にキスした。みちるもキスを返した。みちるの唇にはるかは唇を強く押し付けては離す。またそっと口付ける。つかのま、そうやってキスを楽しんだ。
 やがて見つめ合いながら、みちるが言った。
「ああいう薔薇って、花言葉はどうなるのかしら」
「どうって?」
「ピンクと白の二色だから」
「……そういや、薔薇の花言葉って、やたらたくさんあるよな」
 はるかはしばらく考えた。
「“気品”があって、“尊敬”してる」
 気品はピンク色の薔薇の花の、尊敬は白の、それぞれ花言葉のひとつだ。
「そんな合わせ技になるの?」
 みちるはクスクス笑った。
「そんなメッセージだったなんて。光栄だわ」
「白は… あとなんだっけ。“清純”?」
 二人は今の状況を意識して苦笑した。はるかはみちるの脚に自身の脚を絡めた。
「確かにそれは違うな」
「……私の清純さを奪ったのはどなただったかしら?」
 はるかは微笑んでみちるの目蓋にキスした。
「…思い出したわ。“私は処女”、“美しい少女”」
 みちるは更に白とピンクの薔薇の花言葉を告げた。
「……ぼくが、そんな主張を君にわざわざ伝えてどうなるんだ」
「処女なの?」
「言ってない」
「美しい少女なの?」
「言ってないだろ」
「“私はあなたにふさわしい”」
「えっ?」
「白い薔薇の花言葉」
 はるかは薄闇の中でわずかに光るみちるの瞳を見つめていた。
 しばらく不自然な沈黙が続いた。
 やがて、はるかが言った。
「ぼくは、君にふさわしい?」
 みちるはいたずらっぽく微笑んだ。
「…どうして私に聞くの?」
 目にはなんでもお見通しといった光がやどり、指ではるかの唇をなぞる。
「そういう花をくれたんでしょう?」
 再びみちるの方からはるかに口付けた。チュッと軽い音を立てて離れると、もう一度。もう一度。甘い吐息を漏らしながら、みちるは何度もはるかに口付ける。
「みちる、花言葉でコミニュケーションを取るのはやめよう。混乱のもとだ」
「そうね」
 キスの合間に囁き合った。
 はるかの吐息が熱をおびてくると、みちるははるかの手を取って、その中指を口に含んだ。
先端から根元まで舌で撫でると、その手を自分の下半身へと持っていった。
「みちる……」
 わずかに驚いた声を上げた唇をキスで塞ぐと、みちるはそのままはるかの指を足のあいだへと導いた。
 はるかが濡れていると思う間もなくみちるの指に押されて中指は谷間の奥へ挿しこまれた。
締めつけられて思わず中で指を動かすと、みちるが悩ましい声を漏らした。
「あっ……、…ん…… はるか……」
 みちるは腰を、胸を、はるかに甘く押しつけてねだった。
 はるかはみちるに覆い被さり、みちるの求めるものすべてに応えようと愛撫を始めた。



 翌日からみちるはメヌエットを弾くのをやめた。
 ダイニングテーブルにはピンクのふちどりの可愛らしい白い薔薇がそのまま飾られていたが、夜になってベッドルームに入るとナイトテーブルに深紅の薔薇の花が飾ってあるのを見つけてはるかは驚いた。
 あなたに、と言うみちるの言葉に、有名な赤い薔薇の花言葉が頭をよぎった。
 みちるは例のなにもかもお見通しという目ではるかを見ると、ただの善意よ、と微笑んだ。




                                                                END
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